掛屋とは幕府の大坂臨時集銀 <江戸時代・歴史・政治>
大名衆の蔵物入札販売代銀の出納を引き受け大名貸をする両替商。
銀懸屋ともいう。
蔵元を兼ねるものも多い。
17世紀後半、諸藩の蔵物が大坂に大量に積み登せられると、従来、藩役人や町人の蔵元が行っていた代銀出納業務が分離し、蔵米引当・前銀の大名貸融通・返済のためにも、掛屋が設定された。
延宝~元禄期には40から50余りの掛屋が大坂に集中し、約30藩が専任の掛屋を置いている。
蔵屋敷・蔵元が保管する蔵米は、指定の掛屋立会いのもとで、米仲買に入札販売される。
掛屋は落札した米仲買から、翌日掛けの敷銀、3~10日限り掛けの代銀をよく吟味して受け取り、銀切手を交付する。
仲買はこれを蔵屋敷に持参、印鑑を照合して米切手を受け取ると、蔵出しを請求することができる。
敷銀・代銀の受け取り状況は、掛屋から蔵役人に報告され、代銀が完納されると、掛屋は掛け包み銀を保管したり、江戸屋敷への為替取組、国元仕送り、大名貸の銀主への送銀を行ったり、蔵屋敷に納付したりする。
掛屋は、その手数料として入目や口銭、掛屋料を支給され、また諸藩から扶持米を受けたりする。
幕府の掛屋には、摂河泉国役銀、大坂臨時御用銀掛屋などがある。
久留米・松江藩などの御用を勤めた天王寺屋五兵衛、金沢・広島・岡山藩など数多の掛屋を兼ねた鴻池善右衛門、中津藩御用の加島屋久右衛門などは著名。
銀懸屋ともいう。
蔵元を兼ねるものも多い。
17世紀後半、諸藩の蔵物が大坂に大量に積み登せられると、従来、藩役人や町人の蔵元が行っていた代銀出納業務が分離し、蔵米引当・前銀の大名貸融通・返済のためにも、掛屋が設定された。
延宝~元禄期には40から50余りの掛屋が大坂に集中し、約30藩が専任の掛屋を置いている。
蔵屋敷・蔵元が保管する蔵米は、指定の掛屋立会いのもとで、米仲買に入札販売される。
掛屋は落札した米仲買から、翌日掛けの敷銀、3~10日限り掛けの代銀をよく吟味して受け取り、銀切手を交付する。
仲買はこれを蔵屋敷に持参、印鑑を照合して米切手を受け取ると、蔵出しを請求することができる。
敷銀・代銀の受け取り状況は、掛屋から蔵役人に報告され、代銀が完納されると、掛屋は掛け包み銀を保管したり、江戸屋敷への為替取組、国元仕送り、大名貸の銀主への送銀を行ったり、蔵屋敷に納付したりする。
掛屋は、その手数料として入目や口銭、掛屋料を支給され、また諸藩から扶持米を受けたりする。
幕府の掛屋には、摂河泉国役銀、大坂臨時御用銀掛屋などがある。
久留米・松江藩などの御用を勤めた天王寺屋五兵衛、金沢・広島・岡山藩など数多の掛屋を兼ねた鴻池善右衛門、中津藩御用の加島屋久右衛門などは著名。
update:2009年11月04日
